レッド・オクトーバーを追え(上・下)トム・クランシー 文春文庫(1985)
軍事小説の大家トムクランシーの処女作にして最高傑作
ミリタリーオタクにとってはたまらない一冊であろう。舞台は東西冷戦末期のアメリカとソ連。ソ連の最新鋭潜水艦「レッド・オクトーバー」が政治亡命を企てる艦長の手に乗っ取られた。レッド・オクトーバー(架空)は無音潜航装置を備えており、容易には探知できない。その潜水艦が政治亡命に使われることが判明した。ソ連側の政治・軍部は大慌て。大西洋に展開できる全艦船を出港させ捜索に当たる。一方、レッド・オクトーバーの企てを察知したアメリカ側は、それを援護すべくあらゆる軍事作戦を展開させる。冷戦当時のアメリカ・ソ連の軍事と政治的駆け引きが克明に描写されている。
出版当時、アメリカの政治家らが「なんで軍事機密か漏れているんだ!」という発言を残したという逸話もある。それほどまでに本書の描写は的確であったのだろう。
軍事情報に詳しくない読者にとっては難解な用語も出てくる。それでも物語に引き込まれてしまう人物描写がおもしろく、どんどん読み進めることができるだろう。
海洋冒険軍事小説という画期的なジャンルを確立した本書には、一読の価値がある。
査察機長 内田幹樹 新潮文庫 (2008)
パイロットという仕事
著者は全日本空輸(ANA)で十数年にわたりパイロットとして勤務した方である。その豊富な経験、知識に基づいて描かれた傑作小説だ。
成田ーニューヨーク間のフライトが舞台となっている。しかし、これはただのフライトではない。査察飛行という操縦教官が乗り込み、機長の技量を審査する緊迫したフライトなのだ。主人公は新米機長であり、経験も浅く様々な試練が待ち受けている。
パイロットというと、高給取りで華やかな「憧れの職業」というイメージを持つ。しかし本書を読んでそのような描写は描かれていない。会社や同僚、待遇への不満といった「普通のサラリーマン」と同じようなパイロットの苦悩が、コミカルに描かれている。実際にパイロットという職業を経験した著者だからこそ描けるものだろう。
もちろんどのようにして旅客機を飛ばすのか、そのメカニズムも詳細に描かれている。物語に登場するボーイング747-400型機は、古い機体であり日本の航空会社では退役している。そのため現代のそれとは多少異なるだろう。しかし、事前準備・離陸・巡行・着陸といったフェーズごとに、様々な航空知識が解説されており、読んでいて実際に飛行機を飛ばしているような感覚に陥る。物語終盤、猛吹雪の中のJ・F・ケネディー国際空港に着陸するシーンは圧巻である。
少しでも飛行機に興味のある方は、ぜひ手に取ってみてほしい。
英語勉強力-成功する超効率学習- 青谷正妥 DHC (2005)
英語学習だけでなくあらゆる知識習得法を学べる
本書は英語学習法を指南するものであるが、筆者が提唱する英語学習のフレームワークはあらゆる知識習得の場面で活かせると思う。
日本人は「英語は知っているが、使うことはできない」と言われている。その原因は偏った知識にあるという。知識には2種類あり「自分で説明できる知識」と「説明できないがなぜか分かる知識」に分かれる。日本人の英語の知識は前者に偏っており、英語学習においては、その2つのバランスをとるということが重要だと筆者は説く。
このような視点は英語学習だけでなく、あらゆる物事を学習する際に意識すべきことではないだろうか。インプットとアウトプットを繰り返し、精と量、機械的な学習・理解的な学習を行う。そうすることで、学習における多角的なアプローチを可能にし、効果的な勉強ができるのではないだろうか。
経済古典は役に立つ 竹中平蔵 光文社新書(2010)
経済古典は役に立つ 竹中平蔵 光文社新書(2010)
優れた経済古典とは分かりやすいパンフレットだ
日本を代表する経済学者で最近YouTubeデビューも果たした竹中平蔵氏の著書である。過去の偉人たちが遺した経済古典を読み解き、それぞれの時代にはどのような経済学的課題が存在していたのか知ることができる。
一例をあげると、不況期には政府が財政出動を拡大して経済を支えるべきだという「ケインズ政策」というものが存在する。今となっては当たり前の考え方だが、ケインズがこの政策を提唱した時代には「社会主義者だ」という批判を受けた。当時、世界は大恐慌に見舞われており、従来の経済学の考え方では説明できない事態に陥っていた。だからこそケインズは「政府の財政出動を拡大せよ」と唱えたのである。
本書を読むことでアダム・スミスからミルトン・フリードマンまで、経済学の巨匠たちがどのような時代背景のもとで、どのような処方箋を描いたのか読み解くことができる。歴史の流れを旅しながら、経済学の基本的な考え方まで学べる一冊である。
エネルギー(上・下) 黒木亮 角川書店(2013)
全世界を舞台に「エネルギー」を巡って、奔走する者たちの物語
本書は石油、天然ガスといった国家にとって必要不可欠な資源について描かれた物語である。資源ビジネスは、単にモノを買って売るという単純なものでなく、政治・金融先物市場・国際情勢・環境保護団体などの様々な利害関係者が関わりあって成り立っているということを知ることができる。
・商社
この物語では、大手総合商社と中堅商社のエネルギー部門に所属する商社マンが登場する。大手商社マンの方は、実直で堅実。中堅商社マンの方は野心あふれる昔ながらの商社マンというように、それぞれの個性が際立っていておもしろい。
・国際情勢
エネルギービジネスと切っても切り離せないものが国際情勢だ。各国の政策・戦争なのどの国際情勢に翻弄されるビジネスマンたちの苦闘がうかがえる。
・先物取引
この物語のもう一つの伏線として描かれているのが、原油の先物取引(デリバティブ)の世界だ。原油を金融商品の一つとしてとらえ、トレーディングで大金を稼ごうとしている金融マンがどのように暗躍しているのかが分かる。また、そのような行為の危うさも知ることができる。
・環境保護団体
資源開発をするうえでネックになってくるのが、環境NGOや地元の人々との折衝だ。石油や天然ガスは人々の生活を支えるうえで欠かせないものだが、原油流失などの環境破壊のリスクも伴う。そのバランスをどのようにとるのか。環境保護団体の苦闘も垣間見れる。
金融機関や商社などで様々なビジネスに携わってきた著者だからこそ書ける作品である。